□日本に帰ろうか
盗難事件ですっかりブルーな気持ちになった私は、もう日本に帰ろうか、3日目にして真剣に悩んだ。が、ユースホステルのスタッフによると、盗難事件はよくあることだという。保険会社とのやりとりがひと段落すると、自分のセキュリティに対する考えが甘かったことを反省、どこへ連絡するにも住所も電話もない自分ではいけない、気を取り直して翌日携帯電話を買いにでかけるのであった。
□携帯電話を買う
携帯電話は使用料金が安いこしたことはない、と安い通信会社を選ぼうと意気込んだが、まず、イギリスにどんな通信会社があるのかも知らなかった。その頃日本ではドコモかAUのみ、イギリスではすでに5社くらいがあった。さらに、携帯電話といえば口座引き落としが当たり前と自分で決めつけていたところ、Pay As You Goというなんだかわけのわからないのがあった。〝行くままに支払え″ってなんや???ショップ店員に説明を求めるが理解ができない。携帯電話ショップに飛び込みで入り、わけわからないまま説明を聞き、決められず違うショップへ足を運び、また説明を聞く。これが欲しいといえば、これはあなたには買えない、と言われる。ようやく、イギリスで銀行口座をもっていなかった私には引き落としの契約ができないということもわかってきた。で、結局手にしたのはVirgin社のPay As You Go。Virginといえば通信よりもレコード会社として名が知られているのではないだろうか。たまたま入ったレコード店に携帯電話が売っていて、店員さんのかる~いタッチの説明が妙に聞き取りやすく、そこで買う気になったのだ。さらに、イギリスに銀行口座がない私には、あらかじめ使用料金をカードで買ってそのピンコードを入力して使う、使い切ったらまた新たにカードを買ってピンコードを入力する、という、いわばプリペイド式のPay As You Goしか選択肢がないことがようやく理解できた。OrangeとかO2のこっちの使用料金の方が明らかに安いのに、なぜ割高のPayAsYouGoをすすめられるのか、納得できずにもんもんとしていたが、それは単に英国の銀行口座をもっていなかったから。仮に銀行口座をもっていたとしても、住所も定職もない場合は契約ができるかどうかも怪しい。ちなみに日本の銀行口座とかクレジットカードでは引き落としの契約はできなかった。日本語で説明されればなんてことのないことなのに、結局、携帯電話を自力で手にするまでに1週間がすぎていた。
□次は住む場所
携帯電話を手にして、次に手にしたのは地元の新聞。ロンドンに着いて、早く現地に溶け込むために日本人との接触はすすんでしないと決め込んだ私。地元の新聞のクラシファイド(地域の広告欄)にある「部屋貸します」「空き部屋情報」を頼りに気になる物件があったら早速電話。「もしもし~、キョウコと申します。クラシファイド見ました。お部屋はまだ空いてますか?」から始まり、お部屋拝見の約束をとりつける。これがまた本当によい英会話の勉強になる。ここでまず会話にならない場合は、外国人には不親切は大家さんか、こちらが怪しまれているか。人種のるつぼのロンドンだからこそ、いろんな人がいるにせよ、学生でもなく、観光客でもなく、仕事でもない、がこれから仕事や研修先を見つけようとしている人(私)に部屋を貸すなんて、もし逆の立場だったらまずありえない。と思っていた私は、もう電話口でも必死にドッグトレーニングの研修にきたことを話した。が、必死になるほど余計に敬遠された。
10件も断られ続けるとようやく要領を得てきた私は、電話口では研修生と軽く伝え、まずはアポをとりつけることができるようになっていた。こうして、電話でアポをとり、部屋を見に行くという日々が始まった。ロンドンの東西南北、どこに住むにもそのきっかけすらない。バスに乗って市内あちらこちらを見学、五感をめいいっぱい使った。危なそうか危なくなさそうか、どんな人がいるのか、犬はたくさんいそうか。そうこうしているうちに、広くて手入れの行き届いた公園が随所にあることがわかった。現地の犬と人の暮らしを垣間見るはじめの一歩はここだ!と毎日どこかの公園へ立ち寄った。
□記憶の中の原風景「都会に暮らす犬」
ベンチに座って、光景を眺めていると、地元の人たちが犬を連れてお散歩にやってきた。公園内ではほとんどの犬がオフリードにされる、犬がいきいきとしていて、人と同じように公園のただっぴろい芝や生い茂る草木、都会のオアシスを楽しむ光景がとても美しく新鮮に目に映った。
□ある日公園で
ロンドンの一等地に「HydePark(ハイド・パーク)」という王立公園がある。有名な超高級デパート「Harrods(ハロッズ)」の近くにあり、公園内には元ダイアナ妃が住まわれた屋敷がある。何世紀も昔、このような王立公園は貴族のプライベートな猟場だったという。が、今は、一般に公開されていて、地元の人も観光客も犬連れも、美しく手入れされた公園を散策することができる。バラ園などは一部犬が入れない場所もある。
犬連れが公園に着くとまもなく、飼い主は犬のリードを放し、犬は気ままにあたりのにおいを嗅ぎながら、飼い主と間をあけながら歩く。犬だけみていると、だれが飼い主なのだろう、とわからないこともあるのだが、飼い主は犬が遠くに行き過ぎる前に名前を呼ぶ、すると犬は飼い主の元まで駆け寄っていく、そんなことが日常の当たり前の光景。すべての犬がにおいを嗅いでフラフラ歩いているわけではない。飼い主のそばでルンルンと歩いている犬、他の犬と駆け回っている犬、リードをつけられて歩いている犬もいる。また、飼い主の投げるボールにひたすらに夢中になっている犬もいる。そんなそばを乗馬クラブの馬が通り過ぎる。水路にはカモや白鳥が憩う。木々に間にはリスが駆け回る。都会の真ん中の楽園のようにだった。
ある日、犬連れ(スタッフォードシャー・ブルテリアか、ラブラドールだったと思う)の紳士とすれ違い、勇気をもって声をかけてみた。「日本から来ました。英国での犬の暮らしに大変興味がありまして。日本では犬が公共の場でオフリードにされることはないのですが、英国ではいいんですね?」と私。するとその英国紳士「えぇッ!」と驚きの表情。この時の彼の驚く様子は、私がイギリスで犬がオフリードにされていることに驚くこと以上だったかもしれない。犬が公園を人同様に散策している光景は人と犬の信頼関係があってこそ、と大真面目にとらえる私であったが、彼らにとって犬とお散歩するとは、公園で憩うひとときをシェアする、一緒に楽しむことであり、信頼関係がどうのこうの、と大きくとらえている向きはないのかもしれない。「犬が公園を走れないなんて、なんてかわいそうに。犬だって人間と同じように公園を楽しみたいだろうに」と英国紳士。それくらい犬は人に近い存在なのだ、と感じた。
■おわりに
ここまでお読みくださったみなさん、ありがとうございました。
私の英国研修生活はこんな感じで始まり、10年以上たった今もとてもとても新鮮に思い出されます。ひらめきと行動力、そして情熱、決して要領のよいスタートではなかったけれど、あの時の情熱があってこそ、今があるのだと思っています。
私がイギリスでどんなトレーナーに出会い、何を感じ、何を学んだのか、またいつかお会いした機会にお話しできればいいな、と思います。
■最近取り組んでいること
犬と人との幸せな暮らしを追及し、英国はじめアメリカ、ヨーロッパ各地に足を運び、それから日本でもたくさんのご家族に出会えました。それらの経験を踏まえ、最近取り組んでいることは、犬と人が何かを達成できる喜び、一緒に学ぶ喜びをより多くの方に伝えたい、ということです。
何かを一緒に達成する、ということは大げさな響きに聞こえるかもしれませんね。
何をするかはそのご家庭とワンちゃんの個性次第、例えば、お座りが30秒できるということでもいいのかもしれませんし、スポーツの大会でチャンピオンになる、ということかもしれません。
日本にはしつけという言葉があり、犬のしつけは問題行動を予防するために必要である、と説明されることがしばしばあります。しつけとは、その人や犬が属する社会で互いに心地よく過ごすためのよいふるまいを教えることですが、昔からしつけは望ましくないふるまいをたしなめることと認識されてきました。これらのことから、犬のしつけというと、犬が問題を引き起こすという前提にあり、そのためにしつけなければならない、とか、しつけでは叱らなければならない、と受け止められがちなことを残念に思うのです。あまり楽しそうじゃないですよね。
ところが、犬や馬など一緒に暮らす歴史の長い西洋では、犬とつきあう時点で人が学べる環境がもっと身近にあり、いわゆるしつけの概念だけでなく、よりよい付き合い方をするスタートのハードルが低いように思うのです。例えば、イギリスのペットドッグトレーニングクラブ。小学校区にひとつほどあるといわれ、各地で子犬クラスが開かれています。子犬を飼って動物病院へ行けば、地域にある子犬クラスへいくことをすすめられることが一般的です。犬と暮らし始めたなら、犬という生き物と向き合おうという感覚、犬に学ばせるのではなく、犬と一緒に学ぼうという感覚、これらは問題予防という意味ももちろん含まれてはいるのですが、きっかけがそれだけではなくて、犬と一緒に生活を楽しみたい!という感覚が根底にあると思います。
日本において、これからドッグトレーナーをプロとして活動される方にとっても、今活動している方にとっても、最も高いハードルのひとつ、といえば、まず、犬との暮らし方、楽しみ方をどう伝えるか、ということではないでしょうか。ステレオタイプなしつけとか、訓練という概念をはじめに、オフリードする環境にない中での犬との遊び、運動、遠隔操作での信頼感、また子犬クラスをやろうにも犬連れで開催できる場所の選択の少なさ・・・。もちろん、ご自宅にお伺いしプライベートな環境ではできますし、犬の幼稚園に通わせることのできるご家庭にはより伝えやすいかもしれません。その一歩手前でどうしたらいいかわからない方、その一歩先に何かを求める方にはどうしたらいいのでしょうか。
一歩手前でどうしたらいいかわからない方には、より身近に子犬クラスやドッグトレーニングクラブがあればベターですが、その場所の確保が日本では難しい。より一歩先に何かを求める方にはそのスキルや知識を持つ方が身近にいない、のではないでしょうか。
というわけで、DogsByNatureでは、International Dog Training Academyを設立。
メインは、インターネットの学習システムを生かしたインタラクティブなオンラインスクール。スクーリング(集合実習)含め、様々なコースを用意しています。 実はまだトライアルの段階で多くはお話しできないのでして・・・。 が、ここで特別にお話しさせていただきますね。
最新のしつけ方(トレーニングスキル)を駆使したステップアップファンデーション、犬と暮らす上で最も大事な遊び方、バランストレーニング、ステップ・バイ・ステップのドッグスポーツコーチングなど国内外の著名なトレーナーのコンテンツを順次ラインナップする予定です。
ドッグトレーニングクラブが身近になかったり、時間があわずに参加できなかったり、専門の先生に学びたいけど遠すぎて実現できなかったり、といったハードルをより乗り越えやすくしていきます。インターネットを利用することで、知りたいときにいつでも、学びたいときにいつでも、だけれども一方的ではないスタイル、すなわち、コーチ陣に見守られながら、仲間と共有して助けあいながら、犬との暮らしを充実させるものを目指していきます。
ご興味のある方はぜひお声かけくださいね。
よりよいドッグトレーニング環境を一緒に作っていきましょう!
2001年渡英、ドッグトレーニング研修活動を始める。欧米各地で開かれるセミナーやコース(ジョン・ロジャーソン氏、キィ・ローレンス女史、フィリッパ・ウィリアムス女史、サラ・ホワイトヘッド女史等)、APDT UK、クリッカーエキスポ、UKRCBなどのカンファレンス、ペットドッグトレーニングクラブ,ドッグスポーツクラブへの参加。幅広い研修活動の傍ら、ロンドン富裕層向けドッグケアサービスにも従事。
2006年イギリスで経験した犬をとりまく環境の豊さ、ドッグライフの充実を日本で実現することを胸に抱き帰国。中でも「社会化」「運動」の機会を広げるドッグデイケアサービス“ナーサリー”と愛犬家教育“プライマリースクール”から開始。
2015年愛犬家のためのさらなる教育システムを目指し、International Dog Training Academy設立。コンパニオンドッグ、ディスクドッグ、ガンドッグの本物の教育コースを準備中。